2007/10/03 ★携帯電話の歴史!!私と携帯そしてパソコン??●携帯電話機が高額に??

★私は、物好きで、携帯電話の出始め、車に搭載?したり
大きな箱みたいな、20数年前から使い始めました、、、

そう、ビデオカメラ、デッカイやつ、当時は医者とか、金持ちしか持たない??
私も、やってましたよ、、、

一時、ポケットベルが流行って、その頃いち早く、携帯導入、、、
それも、当時移動電話(今のAU)一筋、、、)平均2年で取り替え早いときは、半年
トイレに落としたり、現場にわすれたり、、車で踏んづけたり  トホホホ、、

カメラが入って、使い方解らないうちに、1年で取り替え、、

それから見ると20台は導入している、最近十数年、賢くなり、、、
携帯電話の中に、金、、が入って・・いるとの事を聞いて、、、

全て手元に置く事に下、それが、以下の手元に残っている携帯電話です。

★しかし、これからは、携帯電話も簡単に、取り替えるのが、難しい事になりそうだ
4日の新聞記事↓がそうで有る。、、、

●KDDI 携帯新料金来月から安くなる、、、

■ auブランドのKDDIは4日『1円携帯』など
携帯電話機の値引き原資となっている『販売奨励金』
(電話機を安く売って、作成会社にマージン、通話料、新規契約料等
を適用しない新料金プランを11月12日から導入すると発表した。

電話機の値段が従来より、2万~4万円と高くなるのは必至

しかし通話料は又大幅に安くなる。料金の透明性。公平性も高まる。

★これからは、気軽に新規携帯乗り換えるのは、難しそうだ@@@@

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私は、パソコンもそうです、 ウインドウズ95が出たら、98、次ぎに2000
相次いでXP、 そして、ビスタ、、、、

私は、絶えず3台のパソコンが何時もデスクに有ります、それは用心深いから??
やあ、大変酷い目に遭ってますから、何時でも、乗り換えられる様に、、、

仕事に使ってるんですから、仕方ない、、、

まあ、機器の歴史より、使用する本人が、大事な歴史証人ですから、
元気で、便利な世の中を、通過する、唯一の但の道具しかなりません、、、

安い物ですよ、全て人間が支配しながら、自己満足のおもちゃに過ぎないと私は思ってます。これからも、良い物出たらドンドン乗り換えチャー```@@

とにかく、使う本人が元気で丈夫ですから、今回の人間ドックも全てAA、あれ?これは
前回にも、言いましたよね@@@∇(@^o^@)∇

★家内も元気、全てAA、携帯みたいに簡単に取り替えられないもんネ!!!∇(@^o^@)∇

★携帯電話の歴史★ 

電話機がこの世に誕生して100年以上たった今日、電話は私たちの日常生活に欠かせないものになっている。

ほんの10年前までは、電話といえば家庭や会社等に据え付けられた据置型の電話機か、街角に設置されている公衆電話のことであった。

電話をかけるには、これらの電話機の置いてあるところまで行ってかけるのが普通であった。

そんなとき多くの人が「いつでも、どこでも、自由に電話をかけたい。

財布のようにいつでも身につけられる持ち運びが出来る電話がほしい。」

と夢見ていたのではないだろうか。
そんな夢をかなえてくれそうな携帯電話機が日本で初めて多くの人々の前に現れたのは以外に古く、1970年に大阪で開かれた日本万国博覧会であった。

入館者は受付で携帯電話機を借り、会場内のブースから全国に電話することができた。そのときの携帯電話機は長さが21cm、幅6.6cm、重さが600gであった。

 しかし、この携帯電話機は日本万国博覧会が終了すると人々の目から消えてしまった。解決すべき技術的課題があまりにも多く、実用化にはほど遠かった。

当時、携帯機で他の人と交信する手段としてトランシーバのような携帯無線通信機器があったが、周波数を同調させるのが難しく、交信距離も至近距離に制限され、音声の品質も悪く、とても電話のように気軽に使えるものではなかったので、業務用や一部のマニアが使用するにとどまっていた。

 日本で移動可能な電話機が初めて実用化されたのは、1979年の自動車電話である。このとき日本電信電話公社(NTTの前身)によりサービスが開始された自動車電話は現在の携帯電話機と同じセルラ方式を採用していた。

 自動車電話はその後、小型化、軽量化されて行き、1987年にNTTが日本で初めて携帯電話のサービスを開始した。次いで1988年に日本移動通信(IDO)が、1989年にはセルラーグループがサービスを開始し、日本での携帯電話事業が本格的にスタートした。当初はアナログ方式で、電話機もレンタル方式、月額料金は2万3千円で、一般の人が気楽に利用することはできなかった。

 その後、電話機の小型化がすすみ、通話料金も徐々に安くなるにつれて加入者数が次第に増えていった。加入者数が増えるにつれて周波数が不足する恐れが生じてきたため、デジタル方式の検討が開始され、1993年にはNTT移動通信網(1992年にNTTより独立)がPDCシステムによるデジタル方式のサービスを開始した。

同年携帯電話機の販売が自由化され、デジタルホングループ、ツーカーグループもサービスを開始して、携帯電話機は若者を中心に急速に普及していった。

 1987年にNTTがサービスを開始した当時は750グラムほどあった携帯電話機は、1991年、NTTより230グラムの「ムーバ」(登録商標)が実用化され、1996年秋には大きさが100cc、重さが100グラムを切る「デジタルムーバ」が販売されて小型軽量化は頂点に達したかに見えた。

しかし小型化、軽量化はこれで終わらなかった。その後も小型軽量化が進み、現在70グラムを切るものも現れている。

 現在の携帯電話方式はPDCシステムと呼ばれるデジタル方式が主流であるが、21世紀を見すえた次世代携帯電話方式が日米欧それぞれで開発検討されている。将来は人工衛星を使用して携帯電話同士で国際電話をかけることも夢ではなくなっている。
 
★使いこなせないうちに、又新しい機器??確かに無駄、、つまらないと思う、、

携帯電話が、身体の一部になっているのは、もう間違いない、、、

●私は、携帯電話15台以上使いこなした最近、、、、、

★やっと、着メロの使い分けが出来る様になった、、、笑、、、、@@@

●因みに家内からの着メロは、、君と何時までも、、、、

事務所からは、 景気良く、、キヨシのずんどこ、、、、

長男からは、遠くに住んでますが、 贈る言葉、、、

一般からは、なだそうそう、、、

そんなわけで、 歴史が物語マスネー、、、でわ又御元気で```